2007年3月29日木曜日

「輪西のグリーン・モール」


~ 撤去された住宅の跡地 ~

昨年九月大沢小学校の「地域を学ぶ日」に

昔の大沢・輪西地区の思い出を話した

学校に行き校長先生にお聞きしたのは

「今でも子供達は何条通りと呼んでいるのですか」

「呼んでおります」と

昭和三十九年住居表示に関する法律で

何丁目何番何号に変り文書ではそう書く様になった

会話では「南条通り」が生きていた

明治から 親から子・孫へと使い親しまれた呼稱は

今の子供達も使っていた

輪西で一番広い通り七条通りのグリーン・モール

終戦直前防火帯に強制撤去させられた住宅の跡地
 

「小友さんの絵手紙散歩 No.62」2001.1.15 室蘭民報掲載

3 件のコメント:

wakuwaku_koubou さんのコメント...

今日の絵手紙から二つの発見。
今のみゆき町に町名が変ったのはいつの頃かと気になっていたが、昭和三十九年の番地表示への変更とある。
それまで、輪西町として馴染んだ町名からの変更は少なからず抵抗を覚えた。
そんな気持ちはまだ今住む場所を輪西という表現を使う。
終戦前に防火帯の設置で出来たのが今のグリーンモールとの事。
この記載がなければそんな事を気にかけないで過ごしているかも知れない。
そんな昔を思い出させてくれた。

yyff さんのコメント...

このグリーンモールは町の中心になっていましたよね。今でもそうですよね。子供の頃は通っていて嬉しく思った記憶があります。このシンボル通りの火は消して欲しくはありません。いつまでも輪西の中心の通りとして残っていてくれることを願っています。

wakuwaku_koubou さんのコメント...

大分のyyffさん>輪西シンボルの通りですよね、ここも整理された後回りの皆さんが植えた木や花が成長し、チョット向かいを遮るのが気になるときがあります。
そんな話を先日例の二人と話しましたが、思い切って整理しなければならないものもありそうです。
すっきりした姿が出現するのか、このシンボル通り★