2007年6月29日金曜日

「イタンキ岬」



地図上はイタンキ岬だが

呼び慣れた鯨半島を見るとホッとした

室蘭ユースホステルは近いという思いと

昨年十二月この下のローソク岩付近を描いたあと

輪西駅から始まる各駅舎 氷の結氷 港の風景

絵鞆半島の先端から海沿いの観光道路を廻り

御前水中学校上の海側の散策路を歩いて

出発地に戻って来たと言う思いだった

海岸沿い室蘭半島早廻りの感もあるが

長年室蘭に住みながら始めて見た自然風景も

何ヶ所かあった
 


「小友さんの絵手紙散歩 No.116」2001.12.09 室蘭民報掲載

2007年6月28日木曜日

「地球岬への散策路」



路を下ると笹原になる

数年前の一月みゆき町の室蘭ユースホステルの上から

地球岬への散策路を歩いた

途中身長程の笹を分けて歩いた

今回はどなたが刈られたのか路巾が

一メートル位になり歩き易かった 感謝

笹の壁を抜けると眼下にローソク岩

左手に新日鉄 瑞の江の上かと家並みを見る

昔山弘の社宅があった所大沢小学校の上である

ローソク岩と大沢は裏表だった

未知の路からあと鶴中の裏迄と知ると気が軽くなる
 


「小友さんの絵手紙散歩 No.115」2001.12.02 室蘭民報掲載

2007年6月26日火曜日

「トッカリショ岬」



観光道路御前水中学校の上に鉄塔の立つ丘

その下に空地そこから丘に登る小路があり

進むと山陰に入り樹木のない草原の斜面が広がる

一人歩けるだけの路が続く

振り向くとトッカリショ

十一時の太陽はここを逆光にする

海は光り恵山の連山が見える

室蘭市の地図にトッカリショ岬と記載されているが

展望所で見る限りピンとこなかった

ここで山頂から海に突き出た稜線を見て岬を実感した
 


「小友さんの絵手紙散歩 No.114」2001.11.25 室蘭民報掲載

2007年6月25日月曜日

「三角岩周辺」



観光道路トッカリショ横を下り御前水側に登る

前方右手の空地に車が一台

男二人が降り海側に姿を消す何がと後を追う

空地の海側は一段さがる

トッカリショから見える海に突き出た三角の大岩が眼下に

背後にはイタンキのローソク岩

足許は切り立つ断崖下を見ると足がすくむ

巾一メートル?位の馬の背の様な場所

若い彼等の会話の中で「ここで落されたら・・・」

考える事は同じだった

吸い殻が一つ彼等の前に来た人か
 


「小友さんの絵手紙散歩 No.113」2001.11.18 室蘭民報掲載

2007年6月21日木曜日

「トッカリショ」



運転して来た若い男が降り中年の夫婦が続く

年恰好から親類の人でも案内して来たのだろうか

ご主人は海を見てすぐカメラを構える

奥さんは長い海岸線を見て「アッ」という声

満足した様子だった

地名由来版に原名トッカリショ

アザラシの岩という意味で・・・

久しぶりに浜に降りようと坂を下る

コンクリートの階段は湧き水が流れていた

水に弱い靴で諦める

砂浜には沢山の海鳥 鳴き声が響く
 


「小友さんの絵手紙散歩 No.112」2001.11.11 室蘭民報掲載

2007年6月20日水曜日

「金屏風」



地名由来版に金屏風の名稱は昭和五年八月

室蘭外海奇景命名協議会が正式に名づけて

室蘭俯瞰図に収録したのが最初である・・・

市史によるとこの時 金・銀屏風蓬莱門など七カ所が決った

昭和四十四年室蘭観光協会が室蘭八景選定委員会を発足

候補地十五カ所をあげ市民投票と選考委員会で

翌四十五年に現在の室蘭八景が決った

今年三月都市計画課発行のむろらん景観ランキング

ベスト20で観光道路からの展望として第八位
 


「小友さんの絵手紙散歩 No.111」2001.11.04 室蘭民報掲載

2007年6月18日月曜日

「菊の季節」



白い小菊が咲き始めた

庭で最後に咲くのがこの花である

春の桜と並んで秋を代表する草花は菊

十月中旬から各地で開かれる菊花展

町会の文化祭にも毎年大輪の菊が出品される

厚物 管物 日頃の丹精に頭が下がる

原産地は中国で鎌倉・室町時代に改良品種が入り

江戸時代中期元禄から宝暦にかけて

栽培技術が進み庶民のものとなった

最近はハウス栽培が盛んになり

一年中店頭に並ぶ様になった
 


「小友さんの絵手紙散歩 No.110」2001.10.28 室蘭民報掲載

2007年6月17日日曜日

「チャラツナイⅢ」



チャラツナイⅡを掲載後

室蘭民報社にメールと写真を頂戴した

描いた場所からは滝が見えずもう百メートル程

地球岬側に歩かれればと・・・・・滝の写真も

落石の岩山の裏かと浜に行ったが満潮

翌朝の干潮時刻は七時七分浜到着が九時十分

岩の下を廻ると広い浜

落石がこの浜を二つに分けていた

滝は流れていた

上のススキの草丈と比べ高さは五、六メートル位か

十時先程通った岩下に波がかぶり始めた

メールに感謝
 


「小友さんの絵手紙散歩 No.109」2001.10.21 室蘭民報掲載

2007年6月14日木曜日

「ふるさとの森21」



二、三年前?母恋富士から御前水の山腹が

斑模様になり話題になった

その後植林と散策路の記事を読む

先日御前水中学校横から登る尾根の散策路には

「学びの森 標高一〇八メートル」の標識

観光道路横には室蘭市設置の

「ふるさとの森21案内図」

散策路の一部は未完成だが

休憩ベンチ 展望デッキがあり

室蘭港一望 豪華客船の巨大さを識る

ミズナラ 柏 ナナカマドと苗木は多種

緑豊かな森を想像するだけで夢ふくらむ
 


「小友さんの絵手紙散歩 No.108」2001.10.14 室蘭民報掲載

2007年6月13日水曜日

「キツネの小判」



半月程前地球岬遊歩道でオオウバユリの花後の

「さく果」を何カ所かで見た 色は緑だった

八,九年前の夏庭のツツジの裏から

太く丸い茎が伸びて来た

数日後には目の高さ程になり

横向きにユリの様な花をつけた

図鑑を見るとオオウバユリだった

花後絵の様な形に変り緑から茶褐色になり

三つに割れる

子供の頃「キツネの小判」と呼んで

種を飛ばして遊んだのはこれだった

次の花が咲く迄九~十年掛ると聞いた
 


「小友さんの絵手紙散歩 No.107」2001.10.07 室蘭民報掲載

2007年6月12日火曜日

「地球岬遊歩道」



地球岬の駐車場下からも遊歩道に出られる

長雨で歩かなかったせいか

草が伸び階段の丸太を見落とした

少し歩くとこの大岩の前に出る眼下は海

画面左手上の横に鐘の鳴る展望台がある

路は林道に変わる トリカブトが咲いていた

湿度の高い木の下は薮蚊の群 写生を締める

長雨のせいか谷間は水音高く流れている

語源の「チャラシナイ」(滝をなして

サラサラ流れ下る小川)を実感する

山ぶどうの実はまだ緑だった
 


「小友さんの絵手紙散歩 No.106」2001.09.23 室蘭民報掲載


2007年6月11日月曜日

「チャラツナイⅡ」



坂道の横にはエゾヤマハギ・ススキ・

ユウゼンギクと秋を飾る花々が咲いていた

坂の途中でススキを入れたここの風景も

良いなと思いながら坂を下る

何度かここに来ているのだが

何時も旧海藻研究所の裏で引き返していた

浜辺に初めて降りた 語源の「チャラツナイ」

(滝をなしてサラサラ流れ下る小川)は

見当らない 絵の左手の裏は地球岬遊歩道

そこには小川がある

語源の場所は広範囲なのかと思った
 


「小友さんの絵手紙散歩 No.105」2001.09.16 室蘭民報掲載


2007年6月8日金曜日

「チャラツナイⅠ」



観光道路のすぐ下に北海道大学北方生物圏

フィード科学センター室蘭臨海実験所の標識

何時変ったのだろうかと思いながら坂道を下る

ここの下には建物は一ヶ所

長年呼び慣れた北大の海藻研究所

前の標識は北海道大学理学部付属

海藻研究施設だったと思う

日本で唯一の海藻の研究施設

追直の漁港計画で現在地に移転

以前は平坦な浜辺にあり建物の前に小舟が一隻

窓からビーカー・フラスコ等が見えていた
 

「小友さんの絵手紙散歩 No.104」2001.09.09 室蘭民報掲載

2007年6月6日水曜日

「蓬莱門」



波打ち際近くに立つと岩の間に窓が見える

満潮時にはこの窓から小船が出入り出来るので

知人は窓岩と呼んだそうだ

東向きに穴が開いていることから蓬莱山

(中国伝説で仙人が住む不老不死の霊山)

に通じる道と言う事で蓬莱門と名付けられたと言う

アイヌ語ではムカリショ(マサカリ岩)

大昔コタンカラカムイ(天地創造の神)が

絵鞆半島を創り天に帰る時

使った道具を投げ捨てたが

オノだけが重く岩になったと
 

「小友さんの絵手紙散歩 No.103」2001.09.02 室蘭民報掲載

2007年6月5日火曜日

「亀田の浜」



左手の岩山は追直漁港東側のかじか山

平成十年十一月

登別サティで絵手紙二千日展を開催

隣の会場は山下清展

見終わった方が大勢立寄ってくれた

右手のそそり立つ岩山の絵の前で声を掛けられた

登別市議のK氏だった

「浜に降りて描いたの」

「はい あのロープにつかまって降りました」

「ここは亀田の浜と言って子供の頃

夏は毎日の様に行き子供たちのいい遊び場でした」

と懐かしむ 今回は逆方向から
 

「小友さんの絵手紙散歩 No.102」2001.08.26 室蘭民報掲載

2007年6月3日日曜日

「室蘭中学校」



昭和六十二年六月

北海道室蘭栄高等学校創立七十周年記念協賛会が

栄町の室蘭中学校跡地に記念碑と校歌碑を建立

旧校舎は昭和二十五年頃の写真を見て描く

木々は生長したが上部が朽ちた木もある

二、三年前ラジオを入れると甲子園の野球放送

試合が終わりアナウンサーは

「〇〇学園の校歌は昭和の大詩人北原白秋の作詞

作曲は世界的に知られた山田耕筰 宝物ですよね」と

室蘭中学校校歌もこのお二人の作詞・作曲
 

「小友さんの絵手紙散歩 No.101」2001.08.19 室蘭民報掲載
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