2007年6月13日水曜日

「キツネの小判」



半月程前地球岬遊歩道でオオウバユリの花後の

「さく果」を何カ所かで見た 色は緑だった

八,九年前の夏庭のツツジの裏から

太く丸い茎が伸びて来た

数日後には目の高さ程になり

横向きにユリの様な花をつけた

図鑑を見るとオオウバユリだった

花後絵の様な形に変り緑から茶褐色になり

三つに割れる

子供の頃「キツネの小判」と呼んで

種を飛ばして遊んだのはこれだった

次の花が咲く迄九~十年掛ると聞いた
 


「小友さんの絵手紙散歩 No.107」2001.10.07 室蘭民報掲載

2007年6月12日火曜日

「地球岬遊歩道」



地球岬の駐車場下からも遊歩道に出られる

長雨で歩かなかったせいか

草が伸び階段の丸太を見落とした

少し歩くとこの大岩の前に出る眼下は海

画面左手上の横に鐘の鳴る展望台がある

路は林道に変わる トリカブトが咲いていた

湿度の高い木の下は薮蚊の群 写生を締める

長雨のせいか谷間は水音高く流れている

語源の「チャラシナイ」(滝をなして

サラサラ流れ下る小川)を実感する

山ぶどうの実はまだ緑だった
 


「小友さんの絵手紙散歩 No.106」2001.09.23 室蘭民報掲載


2007年6月11日月曜日

「チャラツナイⅡ」



坂道の横にはエゾヤマハギ・ススキ・

ユウゼンギクと秋を飾る花々が咲いていた

坂の途中でススキを入れたここの風景も

良いなと思いながら坂を下る

何度かここに来ているのだが

何時も旧海藻研究所の裏で引き返していた

浜辺に初めて降りた 語源の「チャラツナイ」

(滝をなしてサラサラ流れ下る小川)は

見当らない 絵の左手の裏は地球岬遊歩道

そこには小川がある

語源の場所は広範囲なのかと思った
 


「小友さんの絵手紙散歩 No.105」2001.09.16 室蘭民報掲載


2007年6月8日金曜日

「チャラツナイⅠ」



観光道路のすぐ下に北海道大学北方生物圏

フィード科学センター室蘭臨海実験所の標識

何時変ったのだろうかと思いながら坂道を下る

ここの下には建物は一ヶ所

長年呼び慣れた北大の海藻研究所

前の標識は北海道大学理学部付属

海藻研究施設だったと思う

日本で唯一の海藻の研究施設

追直の漁港計画で現在地に移転

以前は平坦な浜辺にあり建物の前に小舟が一隻

窓からビーカー・フラスコ等が見えていた
 

「小友さんの絵手紙散歩 No.104」2001.09.09 室蘭民報掲載

2007年6月6日水曜日

「蓬莱門」



波打ち際近くに立つと岩の間に窓が見える

満潮時にはこの窓から小船が出入り出来るので

知人は窓岩と呼んだそうだ

東向きに穴が開いていることから蓬莱山

(中国伝説で仙人が住む不老不死の霊山)

に通じる道と言う事で蓬莱門と名付けられたと言う

アイヌ語ではムカリショ(マサカリ岩)

大昔コタンカラカムイ(天地創造の神)が

絵鞆半島を創り天に帰る時

使った道具を投げ捨てたが

オノだけが重く岩になったと
 

「小友さんの絵手紙散歩 No.103」2001.09.02 室蘭民報掲載

2007年6月5日火曜日

「亀田の浜」



左手の岩山は追直漁港東側のかじか山

平成十年十一月

登別サティで絵手紙二千日展を開催

隣の会場は山下清展

見終わった方が大勢立寄ってくれた

右手のそそり立つ岩山の絵の前で声を掛けられた

登別市議のK氏だった

「浜に降りて描いたの」

「はい あのロープにつかまって降りました」

「ここは亀田の浜と言って子供の頃

夏は毎日の様に行き子供たちのいい遊び場でした」

と懐かしむ 今回は逆方向から
 

「小友さんの絵手紙散歩 No.102」2001.08.26 室蘭民報掲載

2007年6月3日日曜日

「室蘭中学校」



昭和六十二年六月

北海道室蘭栄高等学校創立七十周年記念協賛会が

栄町の室蘭中学校跡地に記念碑と校歌碑を建立

旧校舎は昭和二十五年頃の写真を見て描く

木々は生長したが上部が朽ちた木もある

二、三年前ラジオを入れると甲子園の野球放送

試合が終わりアナウンサーは

「〇〇学園の校歌は昭和の大詩人北原白秋の作詞

作曲は世界的に知られた山田耕筰 宝物ですよね」と

室蘭中学校校歌もこのお二人の作詞・作曲
 

「小友さんの絵手紙散歩 No.101」2001.08.19 室蘭民報掲載